近藤勇の墓

場所は北区滝野川。JR埼京線「板橋」駅前。

 近藤勇の墓と言っても、近藤勇の亡骸が埋葬されているわけではありません。この墓を建立したのは、新撰組の同士だった永倉新八です。彼は近藤や土方と意見が合わず2人の元を離れましたが、2人の死を悼みこの地に墓を建立しました。大きな四角柱の墓石には、近藤勇と共に土方歳三の名前が刻まれてます。永倉新八の目から見ても近藤と土方は一心同体の間柄だったのでしょう。

 

 最後は近藤、土方と袂を分かった永倉新八ですが、自分が死んだら近藤と土方の墓のそばに自身の墓を作るようにと家族に指示していました。永倉の墓には彼の遺髪などが埋葬されているようです。

 喧嘩別れをした永倉でしたが、近藤と土方に対する尊敬の念は終始失わなかったようです。

 3人の墓は新撰組の結束の固さを物語る記念碑とも言えます。

 

 

 ノートや資料が収まっている青空書棚。誰でも資料を閲覧できるようです。元に戻すのがめんどくさそうだったので私は手にして見ませんでしたが、粗末に扱われた様子はありません。

 

 

 近藤勇は板橋で捕らえられ、この地の近くで斬首刑に処されました。首は京都でさらし首にされその後行方不明になってしまいましたが、胴体はこの地に埋めらました。後に近藤の家族が掘り起こし、近藤家の菩提寺に移されています。この石は胴体が埋葬されたときの墓石です。明治維新まで日本人は首狩り族だったのですね。