湯島天神

 

 関東大震災と東京大空襲の2回の災禍に免れた運の強い神社です。かなりの昔(458年)に創建されましたが、湯島天満宮と呼ばれるようになったのは菅原道真公を祭った1355年2月からで、その120年後、太田道潅によって修建されています。徳川家康の江戸入りの際神領5万石を寄進され、その後も江戸幕府の崇敬を受けています。境内の梅園の見事さと泉鏡花の「婦系図」の舞台になった事が有名です。

アクセス:営団地下鉄千代田線「湯島」駅より徒歩2分  

 

 

湯島天神の出入り口は4ヶ所ありますが次の写真は神社の南側にあたる春日通りに向かう門です。

 

 

湯島天神の南側の入口にある青銅の鳥居。寛文七年の銘がありますから、1667年の創建になる古い鳥居です。

 

 

本殿は平成7年12月に、総桧木造りで建て直されました。現在の建築基準法に従うと木造による建て替えができませんでしたが、関係者の尽力により、日本初の建設大臣認定第一号として木造建築が許可されています。

 

本殿では結婚式が行われていました。

 

天神様に祭られている菅原道真は学業の神様。他の天神様と同じように入試を控えている学生や勉学に志す人たちの祈願の絵馬が沢山掲げられています。

 

こまいぬの台座がしゃれていますね

 

  庭には盆栽のように梅や松が植えられています。植木の間にはいろいろな石碑が建てられています。左側の石柱は奇縁氷人石と呼ばれ、江戸時代、迷子の伝言板のようなものです。人ごみで子供を見失った親や迷子を見つけた人が子供の特徴や待っている場所を紙に書いてこの石に貼り付けた「迷子知らせ石標」です。江戸時代多くの参拝者で迷子も沢山出たのでしょう。

 

泉鏡花の筆塚

こちらは坂の上(神社の西側)の入り口になります

本殿裏には2つの神社があります

 湯島天神の東側は石段になっています。勾配のゆるい女坂の石段と、きつい男坂の石段があります。

こちらは男坂

 男坂と女坂を結ぶ路地 東京の昭和20年代以前に建てられた大多数の庶民の家はこのような木造住宅でした。

男坂階段下の、関東大震災復興地蔵と戦後突然現れたお地蔵さん

梅の湯島天神を見る