終戦記念日の靖国神社

2007年8月15日 

 靖国神社の参拝者を乗せた観光バスが沢山来ていました。普段はこんなところにバスは留められません。

若い人の参拝が多かったのは意外でした。

参拝前の儀式を行うグループ

 政治家などが拝殿を済ます入り口の方に行ってみました。

ちょうど自衛隊の幹部が拝殿を済まし出てきました。

 中谷さん。歴代の防衛庁長官の中でただ一人、自衛官上がりで旧防衛庁長官になった人です。参拝後、某団体と一緒に記念写真を撮っていました。翌日16日の早朝には四国から、みのもんたのテレビ番組に生出演していました。政治家は忙しいなと改めて感じました。

 本殿に入らず参拝を済ました古賀さん。日本遺族会会長をしているため参拝を止める訳にはいきません。

 記者からの阿部さんの参拝に関する質問に対して「誰でもがわだかまりなく参拝できるようになって欲しい。」と当たり触らずの答えをしていました。古賀さんはかって自民党の幹事長をしたことがある議員です。

 みんなで参拝すれば怖くないと「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の会長、島村さんを先頭に拝殿に向かう議員達。超党派の議員たちで、自民党41人、民主党4人、無所属1人との新聞の発表ですが、秘書に代理させた人もいるようです。

 このグールプが登場する少し前に、鈴木宗男さんの車が到着しあっと言う間の間に本殿に入って行き、このグループと一緒に出てきました。無所属の1人とは鈴木宗男さんのことかも知れません。参拝議員の中でただ一人、若い人から「宗男さん」と声を掛けられ、愛嬌を振りまいていました。

 私がこの場を去った後に高市さんや石原さんも参拝に来たようです。

 回天とは人間魚雷の名称でその関係者の案内てしょう、説明を聞きませんでしたので、この老人の狙いは判りません。

日露戦争の軍服姿のおじいさんと、その孫さん達か?

 元日本兵姿の人、周りの人の問いかけに一言もしゃべりませんでした。

 勝った者が負けた者を裁く論理で行われた、東京裁判の不当性を裁判中終始主張したインドのパール判事の碑。最近建立されたものです。

 靖国神社は戊辰戦争の官軍側の犠牲者を供らっうために作られた神社です。戊辰戦争は幕府側と官軍側と分かれて戦った国内紛争ですが、共に国を憂い戦った人々であるに関わらず、勝った官軍の犠牲者が神社に祀られ、 負けた幕府側は国賊扱いにされ祀られていません。

 その後の西南の役でも西郷隆盛は賊軍ということで、靖国神社には祀られていません。すなわち、靖国神社は勝った者の論理で造られた神社であります。

 その後、日清戦争や日露戦争の犠牲者も祀られ、外国との戦争犠牲者を祀う神社になりました。票が欲しいためのパーフォマンスで靖国神社を利用する議員達。回顧調のパーフォマンスをする老人。右翼かかった若者達。何か違和感を感じた終戦記念日の靖国神社でした。

 ここで原点に戻り靖国神社は戊辰戦争や西南の役の勝者の神社として独立させ、愛国のため外国との戦争で犠牲になった人々を追悼する新しい追悼施設を設立するのが正論ではないかと私は思いました。