日野自動車博物館

所在地

東京都八王子市みなみ野日野自動車21世紀センター

 日野自動車の博物館です。正式には「日野オートプラザ」という名称ですが、私のホームページでは「日野自動車博物館」と称します。

日野自動車21世紀センター

 日野自動車の社員研修研修所「日野自動車21世紀センター」内の丸い建物が「日野自動車博物館」です。

 「日野自動車博物館」のロビーに入ると、クラシックな車が出迎えてくれます。これは日本で一番最初に量産されたトラックだそうです。

木製の車輪、タイヤはチューブではなく固形のゴム

クラクションも原始的でいいですね

ライトがカーバイトだったとは知りませんでした

カーバイトの気体を発生させるタンク

 固形のカーバイトに水をかけると可燃性のガスが発生します。縁日などの夜店で同じものが使われていました。停電に備えて我が家にもありましたが、濡れた手でカーバイトの塊に触ってしまいヒリヒリとした苦い経験を思い出しました。

荷台も木製。いいですね。

それでは、博物館に入ります

 21世紀センターは一般の人にも開放されていています。本日は地元の敬老会が利用していました。

戦前に作られた飛行機のエンジン

 日野自動車が飛行機のエンジンを作っていたとは知りませんでした。プロペラとエンジンが一緒に回転する航空機初期のエンジンと説明書きがありました。

大型になった航空機のエンジン

 同じところに展示されていたので、日野自動車製かと思ったら、他社製でした。

こちらは自動車のディーゼルエンジン

戦前、日野自動車で最初に作られた6気筒のディーゼルエンジン

フランス・ルノー社から技術供与を受けた国産車

1957年には部品も含めて純国産車になったそうです。

国産自動車 コンテッサ1300 1964年製

イタリヤ人ミケロッティのデザイン (ミケロッティ自慢の出来栄えだったらしい)

これまた驚き

日野自動車が戦前飛行機を作っていました。

 エンジン、機体共に日野自動車製。航続距離の世界記録を1938年に樹立した飛行機です。

 チャレンジ精神旺盛の当時技師長だった人物が社長を説得し、全社挙げて完成させたそうです。飛行機は東京大学の航空研究所に納入されました。ただし製作はこの一機のみ。航空機製作のノウハウを取得してまもなく、国策により飛行機の製作部門は、日立航空機に分社化されています。

 日野自動車は明治時代「東京ガス」の子会社として、「東京ガス工業」として創設された会社です。元は東京ガス関連の器具を製作していた会社ですか、大正時代になって「東京ガス電気工業」と改称し、自動車も生産する高い技術力を持つ会社になっていました。

 その後合併や吸収を重ねる度に社名が変わり、最終的には工場が所在していた地名を名乗って「日野自動車」になっています。

 この飛行機は「東京瓦斯電気工業株式会社」時代の産物でした。

自動車の展示に戻ります

昔懐かしい、ボンネット・バス

国産自動車 コンテッサ900 1963年製

デザインだけは イタリヤ人のミケロッティ

これもコンテッサ900

コンテッサ・1300クーペ

日野コンマース 1961年製

日野自動が販売した三井精機製小型三輪車「ハスラー」 1960年製

1959年大村昆の宣伝で一躍人気になった「ダイハツ・ミゼット」に良く似てますね。

最新のエンジンの展示

エンジン内部の構造がよく判るようになっており、勉強になりました。

こちらは、国宝級の国産エンジン

屋外の展示物

パリ・ダカリ・ラリーで1・2・3位を独占した「日野レンジャー」

ボンネット・トラック

最後を飾るのは、環境にやさしい最新式の観光バス

ナンバープレートに疑惑を感じました。