上野公園・野愚痴英世の銅像

   目立たないところに置き去りにされて、野口英世の銅像が愚痴をこぼしていました。銅像が愚痴を言っていたのは上野公園の科学博物館付近。林にさえぎられて人通りから見えません。「千円札になる程の偉人の銅像が、こんな粗末な場所に放置されてていいのか。」と、疑問を感じていました。

   そんな疑問を抱きながら、福島県にある野口英世の生家を久しぶりに訪ねてみることにしました。

 ここを訪ねるのは今回で2回目、前回は会社のバス旅行でした。バスガイドが説明をしてくれましたが、記憶に残っているのは、事故のあった囲炉裏と母が英世に送った手紙ぐらいでした。

英世が幼い時に焼けどをした囲炉裏

この事故が無かったら、彼の人生は違っていたでしょう。

 英世の生家は公園などで保存されている古民家を見学しているようなもで、つまらないものでした。

 しかし生家に隣接する記念館は彼の愛用品や写真が数多く展示されており興味深いものでした。

 英世の母が米国にいる息子に送った手紙。

テレビの教養番組等で良く紹介される有名な手紙です。

おまイの。 し せには。 みな たまけました。

お前の出世には、皆たまげました。

わたくしもよろこんで をりまする。

私も喜んでおりまする。

なかたのかんのんさまに。さまにねん

中田の観音様に毎年

よこもりを。いたしました。

夜ごもりをいたしました。 

べん京なぼでも。きりかない。

勉強をなんぼしても切りが無い。

いぼし。ほわこまりをりますか。

鳥帽子(鳥帽子村の人から、借金の催促が来て)困っていますが、

おまいか。きたならば。もしわけかてきましよ。

お前が(帰って)来たなら申し訳できましょう。

はるになるト。みなほかいドに。いてしまいます。

春には皆、北海道にいってしまいます。

わたしも。こころぼそくありまする。

私も心細くあります。

ドカはやく。きてくだされ。

どうか早く来てくだされ。

かねを。もろた。こトたれにもきかせません。

金をもらったことは、誰にも聞かせません。

それをきかせるトみなのれて。しまいます。

それを聞かせると、みんな飲まれてしまいます。

はやくきてくたされ。

早く来てください。

はやくきてくたされ。

早く来てください。

はやくきてくたされ。

早く来てください。

はやくきてくたされ。

早く来てください。

いしよのたのみて。ありまする

一生の頼みでありまする。

にしさむいてわ。おかみ。

西さ向いては拝み

ひかしさむいてわおかみ。しております。

東さ向いては拝んでおります。

きたさむいてわおかみおります。

北さむいては拝んでおります。

みなみたむいてわおかんておりまする。

南さ向いては拝んでおりまする。

ついたちにわしをたちをしております。

(毎月)一日には塩絶ちしております。

ゐ少さまに。

(僧侶の)栄晶様に。

ついたちにわおかんてもろておりまする。

(毎月)一日に拝んでもらっています。

なにおわすれても。これわすれません。

何を忘れても、これだけは忘れません。

さしんおみるト。いただいておりまする。

(お前の)写真を頂いています。

はやくきてくたされ。

早く来てくだされ

いつくるトおせてくたされ。

何時来るか教えてくだされ

これのへんちちまちてをりまする。

(手紙の)返事まっています。

ねてもねむられません

眠っても眠られません。

 

 「封筒の宛名は誰が書いたのか。」と、記念館の人に尋ねてみました。その説明によると米国の住所をゴム印にして母親に渡していたそうです。

 

 野口英世記念館を訪れてインタビューに答える小泉元首相。小泉さんがどの程度野口英世の功績を理解していたのか知れませんが。野口英世アフリカ賞の発起人になっています。

 

 エクアドルで、名誉陸軍大佐の称号を授かった時の記念写真。

 

新婚当時の、メーリー婦人と英世の写真

 日本人として初めてカラー写真に写った英世の写真と、1000円札になった写真。

 

 野口英世は色々な伝染病の病原菌を特定したことで名声をあげましたが、後になって真因は病原菌ではなく、ウィルスだったものが多かった。また英世が開発した黄熱病の薬は後に効果が無い事が判明している。このため彼の業績を評価しない人もいるようです。

 しかしウィルスの存在が明らかになったのは、電子顕微鏡が発明されてからで、粗末な光学の顕微鏡しかなかった英世の時代はウイルスの存在を想像することもできませんでした。もし、英世の時代に電子顕微鏡があったなら、誰よりも早く真因を掴んでいたと思います。

 「日本人は睡眠をとらないのか。」と周辺の人に揶揄されるほど、研究に没頭した反面、金銭の使い方に無頓着で女遊びも得意だったようです。しかし単身で米国に渡りノーベル賞候補にまでなった実績は凡人ではまね出来ませんね。