「縄文人はどんな生活をしていたのだろうか。」そんなことを思いながら、船橋の「飛ノ台史跡公園博物館」を訪ねてみました。

 

   まずは遺跡公園です。実際の発掘現場の上に発掘当時の状態を再現したレプリカが作られています。

 

ここでは人骨等、縄文時代の貴重な資料が発掘されました。

丸い穴は釜戸の穴です

それでは博物館に入ってみます。

立派な建物で船橋市の遺跡に対する気合を感じます。

貝塚から出た貝殻に触れることができるようになっています。

貝殻は退色していますが、貝殻にはつやがありあります。茨城や都内の貝塚も貝殻がつやつやしおり意外に思っています。

貝塚から出土した縄文人が食していた動物の骨

 「種類が豊富であり当時醤油があったなら、私でも生きていけるな。」と思いました。

包丁代わりに使われた貝殻

木の実等をつぶすのに使われた石

キリ

矢じりの多さには驚きました。

 動物の狩ではこの様に多くの矢じりを備える必要はないと思います。当時、他の部族との戦いがあったのか、弥生時代との接点、渡来人との戦いに備えたものだと思います。

土偶

土偶は必ずおっぱいが突き出ています

呪術に使われた物か、私の体に付いているものと形が似ています。

ヘラで模られた縄文土器

海がめが描かれた土器

出土した土器の破片にも触れることができました。

触った感触は粉っぽい感じでした。

漁獲網の錘として使われた土器の破片

この破片によって漁のやり方が想像できます。

土で作られた釜戸のレプリカ

先ほどの公園で見たものです

 日本の土壌は酸性が強く、人や動物の骨は解けて無くなってしまいます。貝殻によって土壌が中和されるため、貝塚が発見される場所では、動物の骨も発見されるそうです。しかし人骨が発見されるのは稀だそうです。

「なぜ大人と子供が同時に亡くなったのだろう。」

気になるところです。

「なぜ男女が同時に亡くなり一緒に埋葬されたのか。」

これまた気になりますね。

この地では既に犬が人に飼わていたようです。

そして大切に扱われていたようです。

「なぜ同時に3匹の犬が死んだのか。」

 骨が折れても大切に飼われていたのは、縄文人が現在の我々と同じように飼い犬に愛情を注いでいたのだと思います。

装飾品

土器でつくられた宝箱

発掘された人骨の足や腕に付いていたので装飾に使われたものだと判ります

子供のままごとに使われたものか

遺跡公園の周りは多くの住宅が迫っていました。

 飛ノ台史跡公園博物館は千葉県船橋市の京成「海神駅」より山側に向かって徒歩約10分の所にあります。立派な施設があるのに、来館者が少なかったのは残念だと思いました。