彼岸花

場所

 八王子市長沼町と

 下由木町

 彼岸花というと田んぼのあぜ道を思い出します。東京の23区でも昭和30年代まで遡ると田んぼや畑がかなり存在していました。そして秋の彼岸の時期になると、田畑のあぜ道に彼岸花が一斉に咲き誇っていました。そんな風景が今日でも多摩地区に少しだけ残っています。

 田んぼや畑のあぜ道に彼岸花を植えるのは、作物をモグラやねずみに荒らされないようにするためです。彼岸花の球根には毒があるのです。

 日本の彼岸花は種ができず球根で増えます。大陸から稲作がを伝来した時に彼岸花の球根が何らかの理由で日本に運びこまれました。その時期は古く縄文時代に遡ります。

 彼岸花の球根はでんぷん質を多く含んでおり、縄文時代後期の遺跡から彼岸花を食用にしていた証拠が見つかっています。縄文人たちは彼岸花の毒抜きの方法も承知していたのです。日本人の大祖先!!  「縄文人」恐るべし。